米国大統領選挙と日本製鉄によるUS Steelの買収について

掲題について、米国大統領選挙の観点から考えてみたい。

 
 
 

日本製鉄による米鉄鋼大手U.S. Steelの買収は、カマラ・ハリス副大統領、トランプ前大統領も反対の方針を明確にしている。

その主たる理由は、以下の通りである。

1. 米国の企業であるべきだ。

 

 

U.S. Steelはあくまで米国企業であり、米国企業が運営すべきで、日本企業の傘下に入って、日系の米国企業になってはいけない。

2. 国家安全保障上の懸念がある。

米国の主要鉄鋼メーカーを外国資本が所有することは、国家安全保障上のリスクとなりうるという懸念がある。

3. アメリカの雇用の保護。

外資の所有の場合、米国内の雇用喪失や施設閉鎖につながる恐れがある。

民主党の大きな支持基盤の1つが労働組合であり、多くのU.S. Steelの従業員を代表する全米鉄鋼労組は、この取引に強く反対していることもあり、当然カマラ・ハリス副大統領も日本製鉄の買収には反対だ。

また、トランプ前大統領も、自身のMAGAポリシーを引き合いに出して、米国の製造業の復活を強く打ち出しており、日系企業によるU.S. Steel買収を阻止すると主張している。

一方で、U.S. Steelの経営陣が日本製鉄の買収提案を受諾することに同意した理由を見てみると、同社は近年、財務面で苦境に立たされており、日本製鉄からの資本と先端技術の流入がなければ、同社は現在の事業を維持することが困難になる恐れがあり、世界の鉄鋼業界における中国の優位性に対抗できる可能性も失うことが指摘されている。

同社は米国を代表する企業ではあるものの、1970年代から競争力の低下に直面し、度重なるリストラを繰り返してきており、採算を確保し成長を続けるために必要な先端技術に投資する為の資金を調達できないのが現実である。

9月4日のWSJの

“Biden Prepares to Block $14 Billion Steel Deal”

の中で、U.S. Steelのデイビッド・バリットCEOは同紙のインタビューに対し、

「日本製鉄がピッツバーグのモン・バレー工場とインディアナ州ゲーリーの工場を更新するために30億ドルを投資すると約束したことは、U.S. Steelが経済的に競争力を持ち、労働者の雇用を維持するために必要なことだ」と語ったと報じ。「もし取引が決裂すれば、この投資は実現しないだろう。私はお金を持っていない」

と述べている。

今回の事例では、内外で競争力を失いつつある場合に、米国の雇用の保護や国家安全保障上の懸念を理由に外資による買収を阻止しても、U.S. Steelの抱える経営上の課題は解決されず、このままでは、米国内の製鉄ユーザーが品質で妥協したり、製鉄を高い価格で購入することを余儀なくされることになるので、米国内の需要家が不利益を被ることになる。

9月6日のBloombergの

“US Steel assets face chopping block without Japan deal”

では、買収が不成立の場合について、

「ビッグ・リバー・スチールとして知られるU.S. Steelのアーカンソー州にある新しい電気製鋼工場は、間違いなく同社の最も貴重な資産である。 キーバンク・キャピタル・マーケッツのアナリスト、フィリップ・ギブズ氏によると、公害の少ない製造工程に積極的に投資しているニューコール社やスティール・ダイナミクス社を含むアメリカのメーカーが、この工場の買い手になる可能性があるという。」

と報じた一方で、

「労働組合が運営する伝統的な高炉施設は、売却の見通しに支障が出ており、魅力に欠けることが判明するかもしれない。」

と言う同社CEOのコメントを紹介し、何千人もの高賃金の組合員の雇用が危険にさらされることを警告している。

結局、カマラ・ハリス副大統領にせよ、トランプ前大統領にせよ、どちらの政治家もブルーカラー労働者や労働組合からの支持を求めている中で、この取引に反対することで、両候補は自らをアメリカの産業と労働者の擁護者として位置づけることができ、これはペンシルベニア州のような重要な激戦州では選挙戦術上、極めて重要であると言える。

9月26日のロイターの

“日鉄のUSスチール買収を支持、仲裁委 労組は同意せず”

の記事では、

「U.S. Steelと全米鉄鋼労組(USW)が選出した仲裁委員会は、日本製鉄による買収を支持する裁定を下した。」

と同社が25日に明らかにしたことを報じた。

その一方でUSWはこの判断に同意しないとしていることも明らかにしている。

今回の買収事案を政治化することは、大統領選挙上のメリットはあっても、U.S. Steelの株主、従業員、顧客、地元等のステイク・ホルダーにとって真に有益なのかどうかが十分考慮されないと、同社の存続がかかっており、より大きな視野で考えて欲しいものだ。

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