Prof. John Mearsheimer : Are Trump’s Killings and Threats a Bluff?

この回のJudging Freedomの対談は、まずペテ・ヘグシス国防長官をめぐる「カリブ海ボート殺害事件」と機密情報漏洩問題から始まります。ナポリターノ判事は、①Signal アプリ上での機密情報・作戦情報の露出、②アメリカ本土から1500マイル離れたカリブ海で、麻薬運搬容疑の船舶を攻撃して民間人とみられる人々を殺害した疑惑、③初撃で沈没した船から生き残り、残骸にしがみついていた難破者を再攻撃で殺害した疑惑、という「三つの論点」を提示します。ミアシャイマーは、ヘグシスの行動は「一線を超えており、全く容認できない」とし、Signal 上での機密共有だけでなく、身元も確定していない人々を「事実上、処刑した」ような攻撃が重大な問題だと強調します。さらに、ヘグシスは部下を横暴に扱うことで組織内に多くの敵を作っており、その反発がリークや内部告発として噴出している「ブーメランの局面」に入っていると分析します。

ミアシャイマーは、自身の軍歴と軍事倫理の観点から、軍という組織の本質的危険性を説明します。軍は本質的に「巨大な殺戮機械」であり、特定の状況では民間人殺害への強い誘惑が常に存在するため、文民・軍事の指導者はこの暴力を抑制するために厳格な交戦規定(rules of engagement)を設け、兵士に徹底させようとしてきたと述べます。しかし、ヘグシスやトランプは、こうした法的・倫理的な「縛り」を嫌い、「兵士の手を縛る愚かなルール」とみなし、敵とみなせば民間人であっても殺害を容認する姿勢を示していると指摘します。彼にとって、これは軍の野蛮行為を抑えるどころか、むしろ最大化する「災厄の処方箋」であり、カリブ海での攻撃はその帰結だという見立てです。

番組では、ヘグシスが将官・提督たちを前に行った「ジョージ・パットン風」の演説の一部が再生されます。そこでは彼は、「愚かな交戦規定とは戦わない」「ルールに縛られず、最大殺傷力を追求せよ」「政治的に正しいだけの過剰なルールは排除する」と宣言し、現場部隊に自由裁量と「最大の暴力」を求めていました。ナポリターノ判事は、もし彼が殺人罪で起訴されれば、この演説が「殺意(intent)の直接証拠」として法廷で提示されるだろうと述べ、ミアシャイマーも「文民・軍を問わず、ここまで露骨に野蛮なことを語った指導者は前例がない」と強い表現で批判します。

ミアシャイマーはここで、ベトナム戦争時のミライ虐殺事件を引き合いに出します。ウェストポイント在学中に、この虐殺の責任を巡って、関与部隊の司令官だったコースター将軍が直接命令を出していないにもかかわらず、指揮責任を問われて更迭されたことを回想します。軍で繰り返し教えられていたのは「違法行為は必ず代償を払う」というメッセージであり、実際にはベトナムで類似の虐殺が他にもあったにせよ、公式には「野蛮行為は決して許されない」と強く教え込まれていたと語ります。そこから彼は、ヘグシスの発言はこの抑止メカニズムを全否定し、むしろ「必要なら民間人を大量殺害しても構わない」と鼓舞しているに等しいと警告します。

こうした懸念は、上院・下院の軍事委員会でのブリーフィングに現れています。海軍のブラッドリー提督と統合参謀本部議長カイン将軍が議会で閉ざされた場で説明を行い、それを視聴した議員たちがメディアでコメントしました。上院のクーンズ議員は、映像を見た後で「これほど troubling なものはない」と述べ、東カリブで運ばれている麻薬が、米国本土への直接的脅威として、繰り返し致死力を伴う攻撃を正当化できるのか、大きな疑問を表明します。下院のハインズ議員はさらに感情的に、「自ら動く術もない難破者を、米軍が攻撃し殺害した」と説明し、国防総省マニュアルにおいて「難破船・遭難者への攻撃は明示的に禁止されている」と指摘します。彼は「たとえ悪人であっても、難破者を殺すのは許されない」と強調し、軍の行為を戦時国際法違反とみなすべきだと示唆します。

それにもかかわらず、提督は「Kill them all(皆殺し)」のような命令は存在しなかったと説明し、また後日、別の似た事案では難破者が救助され、本国送還されていることから、どこかの時点で“政策変更”が起きたらしいことも明らかになります。ここでミアシャイマーが強調するのは、そもそもこの人々が「麻薬運搬者である」という証拠がどこにも提示されていないという点です。ナポリターノ判事も、政府が法的根拠と称する司法省の意見書や証拠映像を公開していないことを批判し、「narco-terrorist」という言葉は政治的レッテルに過ぎず、法的概念ではないと指摘します。二人は、シカゴ警察が大規模な麻薬取引現場を発見したからといって、非武装の売人を即座に射殺できないのと同様に、米軍も「疑い」だけで海上の標的を殺害する権限は持たないと論じます。

ミアシャイマーは、こうした行為は明確に戦争犯罪であり、ジュネーブ条約にも違反すると断言します。軍は民間指導者に責任を押し付け、民間指導者は「軍の判断だった」と責任回避を試みる典型的な“責任のなすりつけ合い”が始まっていると指摘し、トランプは「自分は第二撃を望まなかった」「そんな攻撃はなかった」と否定してヘグシスに責任を集中させるだろうと予測します。しかし彼から見れば、第一撃と第二撃は法的には同じであり、どちらも非戦闘員の殺害であることに変わりはありません。ヘグシスは将来の政権下の司法省や、被害者の出身国、あるいは国際刑事裁判所で訴追される可能性を抱えており、遺族による民事訴訟も避けられないだろうと、ナポリターノ判事と共に見立てています。

話題はその後、ベネズエラのマドゥロ政権への圧力と、イスラエルの情報機関モサドの関与の有無に移ります。ナポリターノ判事が「モサドが政権不安定化に関わっているのではないか」と問いかけると、ミアシャイマーはCIAの関与はまず間違いないが、モサドの役割については情報がなくコメントできないと慎重な姿勢を示します。ここでも彼は、アメリカの介入主義的な行動が周辺地域の緊張を高めているという、長年一貫した現実主義的視点をにじませています。

終盤は、台湾情勢と日本・米国の関与、そして米中覇権競争に議論が移ります。司会は、日本の首相や複数の米共和党上院議員が台湾防衛への軍事関与に前向きな発言をしている点を取り上げ、どう評価するかを尋ねます。ミアシャイマーは、日本の首相の発言は「中国が台湾を攻撃すれば、日本の存亡に対する潜在的脅威とみなす」という意味であり、一つの中国政策を否定したわけではないと解釈します。しかし同時に、日本の安全保障エリートは台湾を極めて重要な戦略拠点だと考えており、台湾が中国に支配されることは、日本の海上交通路や東シナ海の支配権にとって致命的だと見なしていると説明します。日本が1894〜95年の日清戦争で台湾を奪取し、中国がそれを取り返せていない歴史的経緯も、中国側の強い執念と日本側の警戒感を増幅していると指摘します。

米国議会でのタカ派的な発言に関しては、バイデン前大統領が在任中に四度にわたり「中国が攻撃すれば台湾を防衛する」と発言し、それが完全に撤回されないまま残っていることが、政治エリートのマインドセットに大きな影響を与えたと説明します。日本・オーストラリア・フィリピン・米国は、いずれも台湾を中国支配から守ることに利害を持っており、中国から見ればこれは到底受け入れ難い状況です。中国が日本の首相発言に「過剰反応」したのは、台湾がもつ戦略的重要性の裏返しであり、米中が台湾・南シナ海・東シナ海で「にらみ合い」を続ける極めて危険な局面に入っているとミアシャイマーは述べます。

最後に、ナポリターノ判事が「米国の帝国は崩壊しつつあるのか」と問いかけると、ミアシャイマーは「そこまで言うのは行き過ぎだ」と応じます。ウクライナや中東での失敗により米国の威信や影響力は確かに損なわれているが、軍事的に米国がすでに中国に凌駕されたわけではないと強調します。それでも、1992〜2017年の「単極の瞬間」は完全に終わり、中国は今や米国と並ぶ大国・同等の競争相手となったと評価します。今後10年ほどで中国が経済・軍事でさらに力を伸ばし、パワーバランスで優位に立つ可能性も否定できず、その争点が台湾や周辺海域に集中していることが、この地域を世界の最も危険な火薬庫にしていると結論づけます。

全体としてこの回は、①カリブ海でのボート攻撃が国際法上の戦争犯罪に当たり得ること、②ヘグシスとトランプの「交戦規定軽視」が軍の暴力抑制メカニズムを崩壊させていること、③ベネズエラや台湾問題をめぐる米国の介入が、他国の安全保障や大国間対立を激化させていること、④単極時代の終焉と米中覇権競争の構図の中で、東アジアが極めて危険な衝突の焦点になっていること、という四つの軸を貫く議論となっています。

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