Patrik Baab: War Propaganda Destroyed Media & Freedom of Speech

Glenn Diesen教授の対談では、ドイツ人ジャーナリストのパトリック・バーブが、自身の経験と新著『プロパガンダ・プレス』をもとに、西側メディアの現状と戦争プロパガンダについて徹底的に語っています。彼はまず、ウクライナ戦争の両側の前線を実際に取材した立場から、「西側メディアはもはや現実を報じておらず、反事実的な報道に堕している」と断言します。核戦争リスク、ウクライナ庶民の生活実態、2014年マイダンから続く戦争の歴史的背景といった、本来なら不可欠な要素がほとんど報道されていないと指摘し、メディアが「戦争を続けるための道徳的物語」を優先していると批判します。本来ジャーナリズムの基本である「両論併記・相手側の話を聞くこと」が完全に放棄されており、死者数や和平の可能性なども物語に合わない限り切り捨てられているというのが彼の見立てです。

バーブは、こうした堕落の背景に五つの構造要因があると整理します。第一はメディアの所有構造です。私企業や公共放送の経営陣は政治家と密接に結びついており、編集幹部の昇進も政治との関係次第で決まるため、「政治権力と一体化した報道ライン」から逸脱しにくい環境ができているといいます。第二は編集部の労働条件で、大半の現場記者はフリーランスか有期契約で、次の契約や原稿料に生活を握られているため、上司の望む政治的ナラティブに従わざるを得ない。第三はジャーナリスト教育の問題で、無給インターンをこなせる富裕層出身者しか大都市の編集部に入れず、編集部が「上流階級の子女」だらけになっている結果、労働者層や戦争で最も打撃を受ける側の視点が完全に欠落していると説明します。こうした上流層は軍需産業などの株を持ち、戦争で利益を得ながら、公の場では「可哀そうなウクライナ人を助けるため」と善意の物語で戦争支援を正当化している、とかなり辛辣です。

第四の要因として、バーブはNATOと米国防総省による大規模なプロパガンダ機構を挙げます。数万人規模のPR要員と巨額予算を持つ宣伝装置に対して、個々の編集部は人員も時間も圧倒的に不足していて対抗できないと指摘します。彼によれば、これは単なる情報操作ではなく「認知戦争」であり、人々の「考える中身」ではなく「考え方そのもの」を変えることが目的だといいます。理性ではなく感情——ロシア嫌悪、憎悪、恨み——が意思決定を支配するように仕向けることで、冷静な判断や歴史的文脈に基づく理解が不可能になっていくと警鐘を鳴らします。第五の要因はデジタル化で、アマゾンやグーグルのような巨大企業が「市場の参加者」ではなく「情報市場そのもの」となり、どの情報が流通し、何が排除されるかを私的に決める「門番」になっていると批判します。インターネットで見えるのは、これら企業と情報機関のフィルターを通過した情報だけであり、現実を知るには結局「現場に行くしかない」とまで言い切ります。

情報の受け手側の変化も、彼の分析では重要です。今日の中心メディアはスマートフォンであり、人々は通勤中や歩行中など「ながら」でニュースを消費し、集中時間は極端に短い。編集側はクリック数と視聴数を稼ぐため、人格攻撃・感情化・ドラマ化に走り、複雑な背景や歴史的説明を削っていく。その結果、報道は「画面に映る表層」に限られ、深みのある分析が消え、「プロパガンダに覆われた世界」が出来上がると総括します。司会のグレンも、自身の経験として、ニューヨーク・タイムズの求人広告に「プーチンの残忍な独裁政権」などの前提が書かれており、最初から欲しい結論に同意する記者だけを採用していると感じたエピソードを紹介し、採用段階から思想選別が行われている点でバーブと認識を共有します。

ウクライナ戦争そのものについて、バーブは戦争を三つのレベルで捉えるべきだと述べます。第一は前線の大規模戦闘で、東部ウクライナの1400kmに及ぶ戦線でロシア軍が徐々に前進し、ウクライナ側は甚大な損害を受けていると主張します(ウクライナ参謀本部からのリークとして「死者・行方不明170万人」という極めて大きな数字を挙げますが、これはあくまで彼の紹介する数字です)。第二は世界規模の経済戦争で、対ロ制裁は明らかに失敗しているにもかかわらず、「同じ制裁パッケージを繰り返しながら別の結果を期待する西側エリート」は精神的に破綻していると痛烈に批判します。第三がプロパガンダ戦であり、メディアはこの戦争レベルの一部として機能し、現実を語る者を「プーチンの友人」「プーチン・プロパガンディスト」として排除する役割を担っているという構図を示します。

この文脈で、ウィキペディアや「ファクトチェック」、NGOの役割も詳細に語られます。バーブは、自身がドイツで「プーチン・プロパガンディスト」とレッテルを貼られ、ウィキペディアには「2022年の住民投票でプーチンの選挙監視人だった」と書かれたが、裁判で虚偽と認定されている事例を紹介します。それでもなおそのフレーミングは残り続けるとし、「情報機関がウィキペディア執筆に関与し、人物像を望ましい枠組みに押し込んでいる」と主張します。編集部の多くは時間も人手もなく、人物評価をウィキペディアに依存しており、そこでのフレーミングがそのまま社内の「公式評価」となってしまう。こうして、メディアは事実そのものを歪めるわけでなくとも、「不都合な現実を省くこと(leaving out)」によって、体系的な嘘をつくようになるのだと説明します。

NGOについても、バーブはドイツだけで300以上の「政府組織化NGO(GONGO)」が存在し、政府やNATOの物語に異議を唱える人物を攻撃する役割を担っていると指摘します。これは単体のNGOの問題ではなく、学校・大学・教会・シンクタンク・メディアなど「イデオロギー装置」が一体となって、市場経済と国家秩序への従順を生み出している、と彼は見ます。若手研究者や専門家はプロジェクトごとの不安定な契約に置かれ、上司の期待するナラティブを作れば次の契約が得られるため、「現実を枠にはめる仕事」で生計を立てる学者プレカリアートが量産されているという診断です。さらに出世の鍵を握るのは、マーシャル基金、ヤング・グローバル・リーダー、各種財団などの大西洋主義ネットワークへの参加であり、最近ではトランプ寄りのヘリテージ財団がAfDなどへの影響力拡大を狙う動きもあると述べ、右派・保守・リベラルを問わない「ネットワークによるエリート支配」の構図を示します。

対談はドイツ国内政治にも及びます。メルツ政権は「欧州の軍事大国化」「対ロ対決の先頭に立つ」といった野心的な対外政策を掲げる一方、国民の支持は低いとされます。バーブは、多くのドイツ国民は戦争の本当のコストを直感しつつも、プロパガンダの力によって「眠ったまま奈落に向かっている」と表現します。戦争が終わり、ヨーロッパの納税者に「戦争の請求書」が回ってきたとき、多くの人が騙されていたことに気づくが、その瞬間こそ支配層の正統性が揺らぐ危機になるとグレンも指摘します。バーブも、欧州全体で政治的正統性の危機が不可避だと見ており、エリートはそれを避けるために、さらにロシア憎悪や感情的な敵意を煽り続けていると分析します。ウクライナ戦争の原因が2014年のマイダンと西側の関与にあると理解すること自体は難しくないのに、その議論を封じるため、常に新しいプロパガンダ物語を作り出しているのだという主張です。

「ファクトチェック産業」についても両者は厳しい評価を下します。バーブは、「ファクトチェッカーは前線や戦場の現場に行かず、事実を検証する能力もなく、政府のナラティブと一致しているかどうかだけを測っている」と断じます。グレンも、自身の発言(イスタンブール和平合意をボリス・ジョンソンが妨害したという主張)に対するノルウェー紙のファクトチェック事例を挙げ、多数の証言や証拠が存在するにもかかわらず、一人の情報源だけを「信頼できない」と切り捨てて結論づけた手口を紹介します。また、2014年当時、NATO加盟支持が20%程度だったというデータに対しても、「ウクライナ人はNATOの使命を理解していなかった」「ロシアの宣伝に騙されていた」といった、まったく論点を外した理由で事実を否定する姿勢を批判します。バーブにとって、ファクトチェッカーとは「政府の物語を守るために異論者を攻撃するプロパガンディスト」に他なりません。

結論部分で、バーブは「主流メディアを読み続け、テレビをつけ続ける限り、私たちはプロパガンダ空間から抜け出せない」と警告します。対抗策として、市民が主流メディアから距離を取り、Consortium News、Postil Magazine、NachDenkSeiten、Overton、Multipolarなどの独立メディアを探し、自分たちの手で「別の情報圏」を作る必要があると提案します。コロナ禍とウクライナ戦争を通じて、主流メディアの嘘は蓄積しており、やがて自己破綻を招き読者・視聴者を失っていくと予測しつつも、それには時間がかかるため、今から「下からの変化」を始めなければならないと強調します。自身が主流メディアから完全に排除されたことについても、それがかえって市民に「なぜ黙らされているのか」という疑問を生じさせ、本を手に取る人が増えたので「むしろ好都合だった」と語るのが印象的です。

最後に、バーブは自身のYouTubeチャンネル名「gegen den Strom(流れに逆らって)」に込めた意味を説明します。「源泉にたどり着きたければ、流れに逆らって泳がねばならない」。主流の情報の流れに身を任せている限り、真実の源泉には到達できないというメッセージです。彼にとっての「言論の自由」とは、単に検閲がない状態ではなく、「プロパガンダと検閲産業の外側で、現実に根ざした議論を続けること」が可能な環境のことだといえます。グレンもまた、自身やバーブへの攻撃事例を共有しながら、ロシアゲート以降「偽情報との戦い」を口実に、言論空間が急速に狭められていることへの危機感を示します。対談は、視聴者に対して「流れに逆らって泳ぎ、真実の源泉を探す」批判的思考と情報リテラシーを持つことこそが、メディアと自由の再生への唯一の道だというメッセージで締めくくられます。

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