ノルドストリーム・パイプラインの破壊を巡る最近の動きについて

ロシアがウクライナに対して特殊軍事作戦を実行し、東ウクライナに軍事侵攻する中で、ロシア産の天然ガスをドイツに送る海底パイプラインの“ノルドストリーム1及び2”が2022年9月26日に爆破された事件は、今でも記憶に鮮明に残っている。

 
 
 

実行犯については、ロシア犯行説を含む諸説あったが、2023年2月に米国の調査報道記者のシーモア・ハーシュ氏が匿名の情報筋の話として、

「バイデン米大統領の命令を受け、米海軍のダイバーが爆発物を使用してパイプラインを破壊した」

と述べて、同パイプラインの破壊計画の策定、パイプラインに爆発物を設置する秘密作戦の詳細を明らかにして以来、パイプライン爆破に米国が関与していた可能性にショックを覚えた人も多かろう。

この米国実行犯行説が注目された理由は、米国がノルドストリームに対して破壊事件が起こる以前から、対ロシア政策の上で問題視していた事実があるからだ。

Wikipediaの

“2022年ノルドストリーム・パイプラインへの破壊工作”

には、

①トランプ前米大統領は2019年、ノルドストリーム2が欧州を「ロシアの人質」に変える可能性があると述べ、ロシアのパイプライン完成を支援するあらゆる企業に制裁を科したと述べたこと、

②2020年12月、当時の次期大統領ジョー・バイデンは、新しいパイプラインの開通とこれが潜在的なロシアの影響力に与える影響に強く反対したこと、

③2022年2月7日、ドイツのオラフ・ショルツ首相との共同記者会見で、バイデン米国大統領は、ロシアがウクライナに侵攻した場合、「我々はそれ(ノルドストリーム)を終わらせる」と述べ、方法を問われた際にそうする約束を改めて強調したこと等が記載されている。

米国政府は「破壊工作には関与していない」とこれを否定した後に、今度は、ポーランドを物流拠点とするウクライナ人グループの犯行説が登場した。

しかし、この犯行説には疑問が多かったのも事実だ。

米国の国防総省の元顧問もあるマサチューセッツ工科大学のテオドル・ポストル教授が、2023年3月に、中華系のメディアの取材に対して、

「海底パイプラインの『ノルドストリーム』を破壊するには非常に専門的な技術と機材が必要だ。決して容易なことではない」

と述べている。

2024年8月になって、このウクライナ人の犯行説に大きな動きがあった。

8月14日のロイターの

「ノルドストリーム攻撃の男、独が逮捕状も出国=ポーランド検察当局」

では、

『ポーランド検察当局は、バルト海を経由してロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」を2022年に攻撃したとしてドイツ当局が逮捕状を出したウクライナ人の男がすでにポーランドを出国している』

と述べ、

「ドイツが指名手配者のデータベースに氏名を登録していなかったために出国できた。」

と報道している。更に、同記事では、ポーランド検察当局の報道官の話を引用し、

「ドイツ当局は今年6月、ウォロディミル容疑者のドイツでの手続きに関連して、ワルシャワの地方検察当局に逮捕状を送った。ただ、ポーランド国境警備隊にこうした情報が伝わっておらず、ウォロディミル容疑者は7月にポーランドからウクライナに出国した際にも拘束されなかった。」

と伝えた。

およそ犯行説としては、信頼性に欠けると思っていた「ウクライナ犯行」説で、ドイツが犯人グループを特定し、逮捕状を出したが、捕まえることは出来なかったと言う、こんな形の幕引きでいいのかなと思うような展開になっている。

一方、このウクライナ犯行説について、8月15日のRTの

“Zelensky’s top aide denies Kiev’s involvement in Nord Stream attack”

では、Wall Street Journalによる報道を引用して、

「この作戦に関与したとされる将校を含む米メディアの情報源によると、ゼレンスキーは当初、ノルドストリームへの攻撃を承認していたという。その後、CIAからの圧力で中止しようとしたが、当時のウクライナ軍最高司令官ヴァレリー・ザルジニーは、破壊工作グループはすでに派遣されており、連絡を取る手段がないため、中止することはできないと言った」

と報道している。

8月16日のAFP-時事の

『ウクライナ、ノルドストリーム爆破への関与否定「全くのナンセンス」』

では、このウクライナ人犯行のニュースに対して、ウクライナのミハイロ・ポドリャク大統領府顧問がAFPに対し、

「ウクライナがノルドストリーム爆破に関与したというのは全くのナンセンスだ。そのような行動は、ウクライナに何の実利もない」

とのべ述べたことを伝え、ノルドストリーム爆破について、

「戦争を終わらせず、ロシアの侵略を抑止せず、前線の戦況に影響を与えなかったことは明らかだ」

とした上で、むしろ

「ロシアのプロパガンダ能力を大いに強化した」

と主張したと述べた。

信憑性が乏しいと思われる「ウクライナ犯行説」に何故、ドイツは固執し続けるのだろうか?

ドイツとして、シーモア・ハーシュ氏が主張する説が真実を告げているとしても、反ロシア、親ウクライナで同盟関係にある米国を非難の矛先を向けることは出来ない中で、ロシアから安価な天然ガスを輸入でき、ドイツ経済に大きなメリットのあるノルドストリームが破壊されてしまったことを誰かの責任に押し付ける必要があったと言うことなのだろうか。

しかし、話がここに来て複雑になっているのは、ゼレンスキー大統領がノルドストリーム爆破計画について当初は承認したと言う点である。

ゼレンスキー大統領の大統領の任期が既に終わっているにも拘わらず、ロシアとの戦争の為に、大統領選挙が開催されない中で、西側からもゼレンスキー大統領の後任の名前が具体に浮上していることとひょっとしたら関係があるのかもしれない。

8月13日のRTの

“West lining up ex-Poroshenko minister to replace Zelensky – Russian intel”

の記事の中では、

「アメリカはウクライナのウラジーミル・ゼレンスキーの信用を失墜させるキャンペーンを展開し、より融通の利く人物と交代させる道を開こうと画策している、とロシア対外情報庁(SVR)が主張している。

ロシア対外情報庁は、アルセン・アヴァコフ前内相がウクライナの指揮を執ることが検討されていると考えている。」

と述べている。

このような動きがある中で、ドイツ下院議員がウクライナにノルドストリーム破壊に対する賠償を要求したと言う報道が出て来たのは興味深い。

8月20日のRTの

“German MP demands Ukraine pay compensation for Nord Steam attack”

の中で、

「ドイツのための選択肢党(AfD)のメンバーであるアリス・ヴァイデル氏は、X(旧ツイッター)への投稿で、キエフは損害賠償を支払うべきだと主張した。

私たちが信じているように、(ロシアのプーチン大統領ではなく)ゼレンスキーが命じたとされるノルドストリームの破壊によって私たちの国に生じた経済的損害は、ウクライナに『請求』されるべきだ。

ドイツの納税者に負担を強いるような “援助金 “の支払いは止めるべきだ」

と述べている。

因みに、ヴァイデル氏のAfD党は、ウクライナへの軍事援助の中止を声高に主張している。

ドイツの現政権が恐らく苦渋の選択した「ウクライナ犯行説」が、意外な形で現政権に揺さぶりをかけるきっかけとなっているのは何とも皮肉だ。

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